読書録:「情報将軍 明石元二郎」豊田 穣
情報将軍 明石元二郎
ロシアを倒したスパイ大将の生涯
豊田 穣
光人社NF文庫
\680
1994年9月15日発行
2007年8月15日読了
62年前の暑い夏を偲びつつ、今年の『終戦記念日あたりに戦争の本を読む』企画第1弾である。もっとも太平洋戦争ではなく日露戦争の時代であるが。「戦争は戦闘だけではない」というわけで、今回は裏方の仕事を描いた作品を選んでみた。
本書の主人公・明石元二郎は、明治の日本と一触即発状態にあった帝政ロシアを内部から揺さぶって、日本との戦争どころではなくしてしまおうという目的のもと、ヨーロッパじゅうを駆け回ってロシアに対する抵抗勢力を援助し煽ってまわった帝国陸軍の軍人である。いうなれば日露戦争開戦前からロシアに対する情報戦と神経戦を仕掛けていたわけである。この策動がのちにロシア革命を経てソビエト社会主義共和国連邦の誕生へと繋がり、時のソ連の指導者レーニンをして「日本の明石大佐には感謝状を出したいほどだ」と言わしめたのは知る人ぞ知る話である。しかし後年、太平洋戦争末期に我が国はそのソ連に裏切られるのだから、歴史というものはわからない。
それはともかく、明治の日本にはすばらしい力量を持った人物が、大事な時に大事なポジションにうまいこといたのだなぁ、と感嘆することしきりである。それなのになぜ、昭和の帝国陸海軍はあれほどに“情報”というものを軽視したのであらうか。この時明石がなしえたものを帝国陸海軍が重視し、もっと情報戦に力を入れていたなら、太平洋戦争の趨勢はかなり異なったものになったに違いない。さらに、これだけの後方攪乱活動をほとんど一人で行えるだけの人物が、平成の我が国にいるだらうか。というより、その重要性を認識している人物がいまの政府内にいるのだらうか、と思うとどうにも情けない思いがするのである。
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コメント
戦争になると、敵に対する小さなハラスメント含めてあらゆる工作が行われます。
後方撹乱やら国内世論の離反やらもできればやっちゃえです。これも戦争努力。明石工作もその意味で当時の日本がなした渾身努力の一環です。
日露戦争のロシア側戦争目的は、太平洋に臨む海軍策源地を朝鮮に得たい、そのために南朝鮮全土を制圧し、対馬水路を制海権下におく、でした。そして、この場合の戦争決意とは、君主であるニコライ2世が下しました。
でも、結局、これが失敗したのは、戦場で敗れたからです。旅順、対馬沖で仆れた日本の歩兵や水兵が阻止したと言えます。
つまり戦争の勝敗とは常に前線で決着がつくんです。これは62年前を思い起こせば、日本人は痛みと共に納得できると思います。
日本がやって効果ある後方撹乱は、ニコライ2世の決心をへし折ることです。しかし、これについては成功したとはいえません。ノシベで躊躇するバルチック艦隊のロジェストベンスキーに彼はあくまで日本海侵攻を厳命し続け、ノイローゼ寸前まで追い込みました(幕僚の面前で涙を流した)。
ポーツマスの和約についても、後でウィッテを面罵してますし。
しかし、日本人のなかで、ここがわからない人のほうが多いですね。北朝鮮の行動について、軍や保衛部が国際圧力と制裁のおかげで金正日を差し置いて…という論評をする人が多いですよね。実際はすべてのイニシアチブが金が握っています。
投稿: ゆずこせう | 2007.08.18 10:29 午前
ちょい追加すると、明石は当時どこのウマの骨かわからんレーニンよりもラスプーチンを丸め込んだ方がよかったかなとか。
妄想かな。
投稿: ゆずこせう | 2007.08.18 04:00 午後
ラスプーチンのほうがよかったかどうかは、ワタシにはよーわからんのですが、少なくともレーニンはその後ひとかどのウマの骨になったわけですから(善し悪しは別にして)、明石の狙いもあながち悪かったわけではないでせう。それにレーニンの後を襲ったスターリンに日本が裏切られることまでは予想し得ないでせうし。
まぁともかく一つ言えるのは、帝国陸海軍は明石大佐のやったことややらなかった(やれなかった)ことを正しく評価しなかった、ということでせうね。きちんと分析してその後に生かしていれば、と思いますよ。しかも太平洋で破れた後、日本民族としての誇りをへし折るGHQの政策がズバリ当たったためか、今に至るまで日本政府は情報の扱いを軽んじてるわけで。軽んじてる、というより完全に忘れ去ってしまっているのかな。
投稿: KWAT | 2007.08.19 10:16 午後