読書録:「未知の剣」渡辺 洋二
未知の剣
陸軍テストパイロットの戦場
渡辺 洋二
文春文庫
\629
2002年12月10日第1刷
2007年9月2日読了
『終戦記念日あたりに戦争の本を読む』企画第2弾は、安心して読める渡辺氏の本にする。東京の郊外、福生飛行場に於いて、日本陸軍が使用する航空機を始めとする航空兵器が実戦に使えるかどうかを見極めるため、腕利きのパイロットが集まってテストを繰り返した陸軍航空審査部飛行実験部。戦闘部隊ではないが時には最先端の戦闘機を駆ってB-29邀撃にも出撃した通称“審査部戦闘隊”、あるいは関東の防空を担当する陸軍第10飛行師団司令部からは“福生飛行隊”と呼ばれた組織の、発足から敗戦による消滅までの物語が本書である。
組織の性格上、様々な新兵器が登場するのだが、「これがもっと早く実用化されていれば」という思いは当然として、同時に「なぜ我が国ではこれが作れなかったのか」「なぜこれがきちんと運用できなかったのか」という思いにも駆られる。アメリカが当たり前に実用していた機械を我が国はまともに作れないという、彼我の工業力の絶望的な差を見せつけられる思いがするのである。それは、陸軍の最先端の航空機を、最高の技量で整備し最高の技量の操縦者が飛ばす審査部戦闘隊をもってしても、B-29やP-51に対抗するのは容易ではなかったという事実を見せつけられるからであらう。中国大陸で捕獲したP-51Cの整備を任されたキ61(三式戦闘機「飛燕」)整備班の名取大尉は、実機を前にしてすぐに「これは勝てない」と落胆したのだが、読者も同じ思いを抱くのだ。先の戦争でなぜ日本は勝てなかったのか、その理由の一端を知ることができる作品である。
余談だが、本書を読んでいる時にちょうどアメリカ空軍横田基地のオープンハウスがあった。横田基地はすなわち福生飛行場の今の姿である。炎天下の広大なエプロンを歩いてF-16やC-130や、あるいは日の丸を付けたF-15を眺めながら、62年前まではこの空を「飛燕」や「疾風」や「隼」が舞っていたのだなぁ、と感慨深かったものである。
さらに余談だが、スイートから発売中の1/144スケールキットに「P-51B/C POW (捕虜) マスタング」という製品がある。枢軸国や中立国に捕獲されたP-51BやP-51Cが再現できるデカールが付属しているのだが、本書に登場した日本陸軍に捕獲されたP-51Cももちろん再現できる。今年の静岡ホビーショーで買ったものが手元にあるので、なんだか作りたくなってきたのであるよ。(^o^)
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コメント
この本、昔航フで連載されていた「奮迅、審査部戦闘隊」の単行本ですか?
投稿: F-4EJ改 | 2007.09.06 09:50 午後
>F-4EJ改さん
そうですよ。あの連載が単行本になったというんで、喜んだんですが、当時は結構高価。
悔しがってるうちに文庫化してくれたんで喜んで買ったもんです。
>福生
中でやはり衝撃的なのは、来栖大尉の事故死の場面でしょう。
この話、秦郁彦氏も書いてますね。
投稿: ゆずこせう | 2007.09.06 10:31 午後
>来栖大尉の事故死
お互い不注意だったのかもしれませんが、大尉が乗機に向かって歩き出したところに、他の発進機のペラで叩かれて亡くなったのでしたね。
確か日本人とアメリカ人のハーフで、とてもハンサムだったと記述されていました。
ところでその渡辺氏ですが、あれだけ精力的に連載をされていたのに、「続・個人としての航空戦史」の連載が終わった後止まっていますが、お体でも悪くされたのでしょうか?
「秋水一閃」も好きでしたね。
投稿: F-4EJ改 | 2007.09.07 11:43 午後
この話、航空ファン本誌連載中もたまに読んでたんですが、その来栖大尉の事故死を扱った回でやり玉に挙げた某小説を、かなり激しい感じで非難しているのを読んで、「こりゃ今までの渡辺氏のタッチとは違うなぁ、相当アタマに来てるんだな」と思ってたんですよね。この文庫のあとがきで「その回は話の流れを阻害しかねないので割愛しました」と書いているのを見てむべなるかな。と思いましたねぇ。
投稿: KWAT | 2007.09.11 01:59 午前
http://basshou.jp/88/08-sekihi/sekihi1.htm
に多摩飛行場航空審査部の所属と思われる4式重爆撃機墜落の殉職碑の写真と記事が出ています。
http://www1.ttcn.ne.jp/maisoft/rocket1%20.pdf
に元航空審査部員の回想記が載っています。
貴殿の調査力で4式重爆撃機の遭難記事を書いてはいかがでしょうか。
投稿: 展覧山 | 2010.03.06 10:53 午後
コメントありがとうございます。リンク先はどちらも興味深いものですね。特に回想記のほうは読みふけってしまいました。
なおワタシはただの零細企業のオヤジなので、調査力なんてものはあるはずがありませんのですよ。
投稿: KWAT | 2010.03.07 11:59 午後