« 2008年8月 | トップページ | 2008年10月 »

2008年9月

2008.09.29

あと40日でできるのか!?(レベル&エレール1/144E-2Cその1)

E2c_01a_ JMC作品展のクラブ展示会まであと40日です。この残り時間であと2機作らねばなりませぬ。なぜなら、A-50メインステイから始まった『背中にお皿が載ったヒコーキ連作』はもともと、「ハセガワがナナニでホークアイを出すのを言祝いでひとり皿回し祭り」だったのですよ。だから最後に控えしイッチョンチョンのホークアイが完成してなければ意味を為さないのです(ワタシの中では)。いえね、始めた時にはメインステイやセントリーがこんなに手が掛かるとは思ってなかったもんでしてねぇ。(^^ゞ

E2c_01b_E2c_01c_ てことで、作るのはドイツレベルとエレールの1/144E-2C。ほぼ同時期に出た両キットですが(ドイツレベルのほうがちょっと早かった)、ご覧の通り中身は全く異なります。左がエレール、右がドイツレベルです。デカールは、エレールはフランス海軍のみ、ドイツレベルはアメリカ海軍2種+フランス海軍です。なおこのドイツレベルのキットは一時期ハセガワが空自用デカールを入れていたもので、そのデカールを今回はエレールのキットに使います。またドイツレベルのほうには写真の一番左に写っている、スタジオローズリッジ製のVAW-115用デカールを使います。

E2c_01d_ ドイツレベルのパーツは凹スジ仕上げで作りやすそうなんですが、エレールのほうはご覧の通りイッチョンチョンなのにオロシガネの如きリベットがびっしり。どーせいちゅうねん。(´・ω・`)

E2c_01e_ 切り出した胴体パーツの比較。胴体下面のアンテナ類はエレールのほうが細かくモールドされてます。そのエレール、前脚扉も主脚扉も胴体/エンジンナセルと一体成形になってますが、プラの厚みが1mm以上あって(ドイツレベルの2倍以上!)そのままではエライことになりそうです。

E2c_01f_ てことで本日はここまで。明日以降、コクピットの組み立てから開始であります。両キットとも計器板のデカールもあるんですよね。
 

E2c_01g_ それとウインドシールドのパーツですが、左のエレールは側面のバブル形状もきちんと再現しているのに対して、右のドイツレベルは全部平面ガラスっぽくなってます。これはイマイチ。(~。~;)

 あ、そうそう書き忘れてましたが、最大の相違点は価格です(笑)。ドイツレベルは\2,500、エレールは\700です(ともに税抜き)。ドイツレベルを買うお金でエレールが3機買えてお釣りが来ます。出来のほうはさて、この価格差に見合うものなんでせうか。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2008.09.28

今月中に終わらなそうだ(´・ω・`)(レベル+ミニクラフト1/144 E-3Aその5)

 今日から10月1日まで雨の予報。(´・ω・`)ショボーン

E3a_05a_E3a_05b_E3a_05d_E3a_05e_
E3a_05h_ 全体塗装に入れば作業はどんどん進みますお。写真は、ベースホワイト吹いて、白吹いて、グレーと黒を吹きつつ合間にタイヤとか塗って、銀吹いてマスキングを剥がして、主要部分にスミ入れして、というところまで。

E3a_05i_ ようやく楽しい楽しいデカール貼りなんですが、このデカールは元のキット、すなわち古のレベル製KC-135B(mixiで赤とんぼワークスさんに教えていただきますた)に合わせてあるので、ミニクラフトのB.707とは乗降ドアや主翼上面の黒ラインなど随所で合いません。ドアのトリムはハセガワのジャンク市で買ったドイツ空軍RF-4Eスペマー機のデカールにあった黄色ベタ部分からストライプを切り出し(周囲のマーキングは本来のデカールから切り貼り)、主翼上面は古のハセガワのストライプデカールを使用。前脚扉に書かれるシリアルナンバーは大きすぎたので、ストックのマイクロスケールデカールからA-7コルセアのBu.No.を切り貼り。書体が違うしステンシル文字になってますが気にしません(笑)。ウインドシールドは元々のミニクラフトのデカールにあったのでそちらを使用しますた。アンチグレアのデカールも全く合わなかったのでタッチアップしてます。

E5a_05j_ てことでデカール貼り終了。このあとは胴体と主尾翼を合体させて脚を生やしてから、機体本体、エンジンポッド、ロートドームそれぞれにクリヤ掛けをして、エンジンポッドを主翼に付けたら胴体上下面に林立するアンテナ類をプラ板から切り出して植え付けて、最後にロートドームを付けて完成、となるはずなんですが。まぁ次の週末までには完成するんでないかな。(*´∀`*)

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2008.09.20

ジオコレで遊んでみたり(*´∀`*)

 前のエントリーに書いた、ジョーシンの投げ売りで狩ってきた中にトミーテックのジオコレ「バス停B」がありまして。なんでこんなのを買ってきたかといいますと・・・。

Busstop01_Busstop02_ これやったら似合いそうだな~、と思ってたからなんですね。バスは京商の「路線バスミニカーコレクション2」の中の「いすゞBXD30四国交通(1966)」。年代的にもピッタリなんですが、実はこのミニカーのモデルになったバスは今でも定期観光バスとして走ってたりします。

Busstop03_ 我が川崎市交通局のバスではやはり似合いませんね(笑)。左はバスコレ第9弾のもので、車種は富士重工業7Eノンステップバス(Gタイプ)、右は四国交通と同じ路線バスミニカーコレクション2のもので、車種は日産ディーゼルUA452-KANです。

Busstop04_ これは・・・意外と似合うとか思ってみたり(笑)。大トラと小トラはタカラトミー「ミッドナイトイーグル」のものです。
 

Busstop05_ これはダメだろ(笑)。バス停を壊しかねん。(^◇^;)
 
 

Ape1956_a ジョーシンの後でB'sホビーにも行きまして、こんなのを買ってきました。スケールは1/32なので本来ワタシのコレクション対象ではないのですが、なんか形がカワイイなとか思ってしまいまして。ほかの3種類もありましたが、これが一番可愛かったので買ってきますた。ダイハツミゼットをピアッジオが作るとこうなる、みたいなものなのでせうかね。(*´∀`*)

\(^_\)ソンナハナシハ(/_^)/コッチヘオイトイテ

Panel_b_Panel_c_ 「ワンセグの罠orz」で書いた、FDD用だったパソコンの正面パネルを加工する件ですが、いちおう着手はしてます。左は作業前、右は現状です。このパネル、けっこう厚みがあって簡単には切らせてくれないのですよ。ルーターのモーターのトルクが弱いので、切断作業中にちょっと力が掛かると止まってしまいますし、そのせいもあってモーターがすぐに熱を持つので連続での作業ができませぬ。まぁ急ぐことでもなし、のんびりやりますよ。あと、現状だとUSBハブの位置が奥まりすぎているので、そちらも何らかの加工をしてあと1cmくらい前に出してやる必要がありそうです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

やっと先が見えてきた・・・か?(レベル+ミニクラフト1/144 E-3Aその4)

 あらヤダ製作記は21日振りですって奥さん。JMCのクラブ展示会まであと2ヶ月切ってるってのに何やってるのかしら。ホントにこの後でイッチョンチョンのE-2Cを2機も作るつもり? 正気の沙汰ぢゃないわよね。ヒソヒソ( ゚o゚)ヤダァ(゚o゚ )ネェ

E3a_04b__2 8日の時点での進捗状況は「ワンセグの罠orz」に上げた写真の如くだったわけですが、その間旅行に行ったりしつつも少しずつ製作は進めておりましたよええ。てことでこれはエンジンパイロンと主翼の接合部でおます。B.707の場合、パイロンの前縁が主翼前縁に被さる形になっているのですが、キットのパーツを素直に組むとここにものすご~~~いギャップができるのですね(迂闊にも写真を撮り忘れますた)。目立つところだけに見過ごすわけにはいきませぬ。ゼリ瞬を盛り盛りしてガリガリ削り倒しましたとも。写真で半透明に見える部分が盛り上げたゼリ瞬の部分です。え、それは実機の形状に合ってるのかって? そんなの気にするわけないぢゃないですか(爆)。実機写真片手に展示作品を見るような人、いないでしょ?(゚∀゚)

E3a_04c_E3a_04d_ エンジンパイロンが片づいたので、次は主翼端のHFアンテナの工作です。製作記の1回目で「テーパーの付いたプラ棒とか真鍮線とか、どこかに売ってないかしらん」とか書いたのですが、結局は細いプラの丸棒をナイフとペーパーで削って誤魔化しました(爆)。それを溝を彫り込んだ翼端に埋め込んで、瞬着を盛り上げたらガリガリ削って形を整えてハイ終了。

E3a_04e_ 水平尾翼後縁の薄々化、エンジンナセルの整形(結局パテで凹みを埋めただけ)、ロートドームの整形も終わりますた。この後ロートドームの支柱と胴体との接合部分をすり合わせて印をつけたら(最後に付けますので)、いよいよ全体塗装だってか?(*´∀`*)

\(^_\)ソンナハナシハ(/_^)/コッチヘオイトイテ

 近所のジョーシンが28日で閉店だってんで、昨日から投げ売りが始まったのでゴザイマス。キッズランドの品物も安くなるってんで、クルマ飛ばして行ってきましたです。あすこの駐車場待ちで渋滞が起きてるなんて初めてですよ(笑)。そんなもんはすっ飛ばして近くのコインパーキングにクルマを入れて店内に突入。店内がこんなに混んでるなんて初めてですよ(笑)。キッズランドの商品は値札(もともと2割引)からさらに1割引と、それほど値引きされてはいなかったのですが、それでもレジなんて10分待ち。この時点で模型の棚はもう2/3くらいに減ってました。明日で半分以下になりそうな悪寒。最終日まで保つのかな(笑)。

Syukaku080921 てことで狩ってきたのが写真のブツでゴザイマス。左の黄色い値札の4点、投げ売りとは関係無しに半額以下の値札が付いてたようなのですかさず確保。この黄色い値札からも1割引だったので、モノによっては1/3くらいになっちゃいました。(^^)v

Chiko 「このオヤジはまた密柑山を高くしてるのね、ホント呆れちゃう」とチコが思ってるかどうかは知りません。_| ̄|○

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.09.16

読書録:「旅へ・南へ」野田 知佑

旅へ 新・放浪記1
野田 知佑
文春文庫
1999年5月10日第1刷

2008年9月6日読了
 
 
 
 
 
 
南へ 新・放浪記2
野田 知佑
文春文庫
2000年7月10日第1刷

2008年9月13日読了

 サブタイトルが同じ「新・放浪記」なので続き物だと思ったら、読んでみたらそれぞれ独立したエッセイであった。なんだかなー。まぁそんなわけで読書録もまとめて書くことにする。

 「旅へ」のほうは著者の青春記。大学を出てから放浪し、結婚してサラリーマン生活をし、そして離婚してまた放浪を始める頃までの話である。著者はつくづく「根付くことが性に合わない」のだなと思う。『普通の人生を送れ』と諭す親や親類縁者を嫌い、「オノレとはいったい何者なのだろう」と自問自答しつつ送る気ままな放浪生活に居心地の良さを感じるのだ。その自問自答は若い頃に誰もが通る道でもある。ワタシも今にして思えば、それを求めて学生時代に日本中を自転車で旅して回ったのだらう、とか考えてみたりもする。でも「答えは出たのか?」と問われれば、「んーなんとなく判ったような気もするけどまぁもういいよなそんなのみんな就職とかしてるしオレも人並みに生きていったほうがこの先得しないまでも損もしない人生歩めそうだしなうんうん」などとワタシは妥協してしまったのだが、そこで妥協をしない人だけが放浪する人生を選択できるのであらう。『モノより思い出』などというキャッチコピーの車のCMが昔あったが、車というモノを売るCMにおよそ似つかわしくない(てか、あざとさが耳について嫌いだった)そんな言葉は著者の人生にこそ相応しいのであらう。

 「南へ」のほうは、その後の著者の日常を綴ったいつもながらの“水面上1メートル”からのエッセイ。著者はとりあえず鹿児島に居を構え、河川行政の有り様に憤りつつも残り少なくなっていく日本の自然を楽しむのである。『この国では「自然保護運動」は自動的に「反政府運動」になる』と著者は言うが、まぁ当たっていなくもないとは思う。「川が大事」という視点で見れば日本の河川行政にはガマンならないであらうが、我が国では川を土木技術で制御することが必要な場合もまた多々あるのであって、それまでも否定してしまったらそれはやはり「反政府運動」に他ならないのではないか。それに、著者だって汽車にも車にも乗るわけで、鉄道を敷いたり道路を整備することも自然破壊に繋がるのだから、もうそうなると人間の活動そのものを制限しなくてはならなくなってしまう。まぁ何事も「ほどほど」がいいのだらう。

 ちなみに、本書の中で度々取り上げられている川辺川ダム建設事業については、先ごろ地元の熊本県知事が反対の意思を表明したこともあり、このまま中止になると思われる。これは著者も加わっている反対運動の成果であらう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.09.15

久々に“乗り鉄”(*´∀`*)

00_sl 13日と14日の一泊二日で、久しぶりに“乗り鉄”をやってきました。ある日テレビに映っていたSLを見たカミさんが「SLに乗りたい」と言い出したので、それではと大井川鐵道(以下「大鐵」)に行ってきたのでゴザイマス。「いいふろプラン一泊の旅・山コース」という大鐵の企画に乗っかったので、南アルプスあぷとライン(大鐵井川線、以下「あぷとライン」)にも乗ってきました。なおチコは宿に泊まれないので(汽車にはケージに入れて手回り品扱いで乗せることができます)、今回はお世話になっている動物病院でお泊まりでした。(~。~;)

01_shinkanayaeki 13日の朝にクルマで家を出て0840ごろに新金谷駅着。クルマを置いて駅前の「プラザロコ」でチケットを受け取ります。SLの乗車は新金谷からとなってましたが、せっかくなので始発の金谷駅から乗ることにして(だって“乗り鉄”ですから(笑))チケットを変更してもらいますた。

02_plazaloco03_plazaloco04_plazaloco 上りの金谷行き電車までまだ時間があったので「プラザロコ」内の展示を見物。古い機関車や客車、昭和の田舎駅を再現した駅舎などを見たあと(中と右の写真は、再現駅舎内に貼られていた当時のポスター)、時間を見計らって駅に行ったら上り電車が目の前で出ていってしまいました(爆)。どうやら時刻表を見間違えていたようです。m9(^Д^)プギャー

06_jrkanayaeki07_daitetsukanayaeki 仕方がないのでタクシーで金谷駅へ。立派なJRの駅の脇に、大鐵の駅がくっついてました。かつては国鉄から大鐵に直接乗り入れていた列車もあったようですが、今では完全に別の線になってしまっているようです。

08_sltail09_slsyanai しばし待つうちにSLがホームに入ってきました。ただし写真はお尻です(笑)。新金谷の車庫からここまで、電気機関車が後ろ向きに引っぱってきたのです。金谷駅のホームは狭いし方向転回もできないのでこのようにしている様子。SLは急行列車で全席指定なので、キップに示された席を探して座ります。ほとんどの客は新金谷から乗ってくるので、金谷ではご覧の通りガラガラです。しかし見事にレトロな車内設備です。天井で回る扇風機(冷房?そんなもんは飾りで(ry)、文字通り『網』を張った網棚、グレーの縁に青い座面の直角座席、窓際に設えられた小さなテーブル、その裏にへばりつく栓抜き、そしてその下の壁につけられた銀色の灰皿(もちろん車内は禁煙ですが)には昔懐かし「JNR」のロゴが燦然と輝いています。国鉄時代を知るワタシら中年(笑)には涙ちょちょ切れる光景ですよ。。・゚・(ノ∀`)・゚・。

10_syasou0111_sluntenchu 1002に定刻通り金谷を発車。次の新金谷で車内はほぼ満席に(でも幸いなことにワタシたち夫婦の向かいの席は人が来ませんでした)。いやはや、懐かしい乗り心地ですよ。SLが牽く客車列車にはさすがに乗ったことはありませんが、電関が牽くそれには昔何度か乗ってまして。発車の時、客車が前から一両ずつ引き出される時に連結器がたてる音とか、いかにも「ワタシゃ引っぱってもらってますもんねー、自分の力で動いてませんからねー」的な“アナタ任せ”な車両の揺れ方とか(判っていただけますかねーこの感じ)。大井川の広い河川敷や、流れに入って釣り糸を垂れる太公望(それにしても川の水量が少ないなぁ)、沿線に広がる茶畑などの風景を堪能しつつ、車掌さんの観光案内を兼ねた楽しげな車内放送とともに、列車は大井川沿いにどんどんと山に向かって分け入っていくのであります。

12_slsenzu13_senzueki14_otoginosato 1125、終点の千頭駅に到着。約1時間半の汽車旅を満喫いたしますた。でも窓際に座っているとススが飛んでくるのですね(爆)。話には聞いていたのですが。シャツやズボンに散ったススを払いつつ下車します。駅前の食堂で昼食を取ったあと、時間があるので駅の隣にある「音戯の郷」という施設に行ってみました。詳しくはリンク先をご覧戴くとして・・・まぁ子ども連れで行けば楽しめると思いますハイ。(^◇^;)

15_aptomae16_abtushiro 再び千頭駅に戻り、今度はあぷとラインのホームへ。森林鉄道らしく車両が小さいことよ。右側(谷側)のほうが眺めがいいので、早くに乗車して最後尾車両の右側の席を確保。実は機関車が後ろについているということを忘れていて(つまり写真左が前)、発車直前までどっちが右側なのかよく判っていなかったのはナイショ(笑)。休日らしくほぼ満員の客を乗せて、定刻通り1322発車。

17_sansakyou18_izumioohashi 横沢と寸又川が同じ所で大井川に合流する三叉峡(左写真、左の川が横沢、右の川が寸又川で、これが背後を流れる大井川と合流します)や、長島ダム建設工事のために架けられ現在は県道の一部になっている泉大橋(写真右、上からの眺めは絶景らすい)などを眺めつつ、あぷとラインのハイライトであるアプト式鉄道区間の始まり、アプトいちしろ駅に到着です。

19_abtrenketsu20_abtnobori21_nagashimadam ここから次の長島ダム駅までのひと区間は、現在日本で唯一営業運転されているアプト式鉄道区間です(営業運転でなければこんなのもあるそうな)。「アプト式? なにそれおいしいの?」と仰る方はコチラをご覧ください(爆)。列車は3分ほど停車して、その間にアプト式の電気機関車を後部に連結します。連結作業を見られるというので人だかりが出来てましたが、ワタシはそういうのは昔よく見てたので今回は写真に撮るまではしませんでした(笑)。連結作業が終わって発車。急に走りに力が入ったように感じられます(笑)。90パーミルの急な傾斜(9%の坂道と書くと判りやすいですかね)の先に長島ダムが見えてきます。長島ダム駅で機関車を切り離して、列車はさらに山奥へと進みます。

22_rainbowbridge40_rainbowbridge_old0141_rainbowbridge_old02 ほどなくして、列車は長島ダムでできた接阻湖に掛かるレインボーブリッジにさしかかります。橋の中央には奥大井湖上駅があります。ひとりだったら絶対に降りてましたね(笑)。なにしろ“秘境駅”探訪のパイオニア、牛山隆信氏も自サイト「秘境駅へ行こう!」で85位にランクする駅ですから(笑)。ちなみに湖水が若干少ないせいか、周辺には井川線の旧線がそこここに顔を出してました。

23_syanai24_sekinosawa0125_sekinosawa02 あぷとラインの客車の車内を撮るのを忘れていたのですが、沿線最大の駅である接阻峡温泉駅でほとんどの客が降りてしまい、ワタシたち夫婦の乗る客車には他に客がいなくなったのでようやく撮ってみました。ご覧の通り、天井は手が届く低さです。ちなみに接阻峡温泉駅の次の尾盛駅は、先の牛山氏の秘境駅ランキングで堂々の3位に輝く、非の打ち所のない秘境駅です。その尾盛駅と次の閑蔵駅(秘境駅第72位(笑))との間に掛かる関の沢鉄橋は高さ約100m、あぷとラインの中でもっとも高い鉄橋です。列車は徐行して客に高さを味わわせてくれます(笑)。

26_ikawadam27_ikawaeki ここらで急に天気が悪くなり、大粒の雨が降り出しました。慌てて客車のすべての窓を閉めます。なにしろこの車両の客はワタシたちしかいませんから(爆)。ようやく見えてきた井川ダムも驟雨の向こうに煙ってます。1506、列車は終点の井川駅に到着。雨はもはや豪雨といっていい激しい降り方になってしまってます(駅で撮った写真のサイズが小さいのは、雨の激しさに一眼レフを出せなくて携帯で撮ったからです)。列車から降りて駅まで突っ走ると(傘は持ってたんですが出すのが面倒だった(爆))、今晩泊まる宿の方が迎えに来てくれていました。車はホームの反対側に駐めてあるということなので、結局傘を出してホームを歩くことに(笑)。車に乗って15分ほど走って田代の集落まで来ると、雨が降った形跡がありません。なんだかなー。てことで、今夜の宿である民宿「ふるさと」に到着であります。

34_furusato 久しぶりに“乗り鉄”をやったせいか、なんか疲れてしまったので夕食までひと眠り。夕食は“猟師の宿”らしく鹿肉の刺身と串焼き、猪肉の陶板焼き、山野草のテンプラ、イワナの味噌包み焼きなど山の幸満載で(゚д゚)ウマー。栗ご飯も美味しくてついついお代わりをしてしまいました(笑)。夕食後、カミさんは疲れたのかすぐに寝入ってしまったので温泉(正確には鉱泉[ナトリウム-炭酸水素塩冷鉱泉]なので沸かしているそうですが)には翌朝入りました。なお、ここのお風呂は1900以降は朝まで家族風呂として入れるので(脱衣所の出入口に鍵が掛けられます)、夫婦ふたりで入ったのは言うまでもありませぬ。(*´∀`*)

28_takinamisyouten33_tesyamanku29_tashirowanko02 翌14日の朝は汽車の時間が遅く(始発が1103なのだ)、また朝早くに降っていた雨が上がったことでもあり、朝食(鹿肉の薫製(゚д゚)ウマー)のあとで近所を散策。といっても集落に入っていくのも気が引けたので(笑)、400mくらい離れた滝浪商店まで往復しただけですけど。このお店の看板の絵はたぶん、くれ(ryとアン(ryなんでせうけど・・・まぁ細かいことは言いっこなしですな(笑)。この集落には隣の井川集落に伝わる伝説の人物「てしゃまんく」の墓があるそうな。行きませんでしたが(爆)。また、井川オートキャンプ場の入口手前で道路に何やら黒い影。近づくとわんこわんこと激しく吼えたてます。赤い首輪も凛々しい『田代集落警備わんこ』とお見受けしました。dog

30_kawara0131_kawara0232_kawara03 引き返して大井川の河原に出ます。ダムの満水時はこの辺まで湖になっているそうですが(真ん中の写真、左の方の白い四角にはそれぞれ「い」「か」「わ」「こ」と書かれてます)、今は湖水がきてません。写真左は大井川の下流(井川湖)方面、写真中はオートキャンプ場、写真右は上流(南アルプス)方面です。写真右の左手に泊まった民宿の青い屋根が写ってます。

35_ikawaeki36_ikawaeki_gakekuzure 1000過ぎ、宿の車で井川駅に向かいます。駅に着いたら汽車が来るまでやることがありません(爆)。井川ダムまで徒歩5分なのですが、そこへ行く道が5月に起こった崖崩れのため通行止めになっているのです。仮開通は20日だとかで、今はただすぐそこに見える井川ダムを指をくわえて眺めることしかできません。駅前の道が通行止めになっているので、駅の下にある食堂も商売上がったりだとご主人が嘆いていました(爆)。1045上りの始発列車が到着。けっこうな数の人が降りてきます。下の食堂のご主人、上がってくると今度は駅前の土産物屋(駅の写真の左側部分)に早変わり(笑)。ここぞとばかりに稼ぐわけですね。1055ごろ改札開始。今の汽車で降りてきた人も、すぐに折り返して帰る人が多いみたいです(笑)。ワタシたちは今度も最後尾車両の左側(谷側)座席に座ります。

37_ikawadam38_shinzanyuukoku39_sessokyouonseneki42_abtkudari
 
 
 
 帰路は同じ鉄路を戻るので、途中で撮った写真をテキトーに。左から、今度はくっきり見えた井川ダム、道中の深山幽谷な風景、接阻峡温泉駅での上下線交換、アプト区間で電関を先頭に長島ダム駅を出て急勾配を下る列車。

43_kanbanwanko_2 1245千頭駅到着。1時間ちょっとの待ち時間の間に昼食をとって、時間が余ったらSL資料館でも見ようと思っていたのですが、食堂がどこも満員で危うく昼食難民になりかけました(写真はその時に見掛けたお茶屋さんの看板わんこdog)。なんとか昨日と同じ食堂に入れましたが、今度は忙しいせいでなかなか頼んだモノがでてきません。食べ終わって店を出たのが、次に乗る大鐵の金谷行きの発車10分前ですた。急いで駅に向かい、飲み物を買う間もなく電車に乗り込んでなんとか席を確保しました。お陰で乗った電車の写真も撮れませんですた(ちなみに近鉄420系の車両ですた)。

 1501新金谷着。「プラザロコ」でお土産を買い、なんとか今日じゅうにチコを回収するべく帰路に就きます(せっかく紹介してくださったおでん屋さんには寄れませんですた(´・ω・`)>ちゃぐさ)。相良牧ノ原ICから東名に乗って、牧ノ原SAでまたお土産を買ったらあとはずんずんと東へ向かいます。連休の中日(なかび)だったせいか渋滞も大したことはなく、1900前には動物病院でチコを引き取って、無事に帰宅することが出来ました。

 いやー、久しぶりの“乗り鉄”は楽しかったですねー。特に車窓風景に富むあぷとラインは(・∀・) イイ! これにはまた乗りたいですね。(*´∀`*)

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2008.09.08

ワンセグの罠orz

E3a_04a__3 昨夜はまたまた胡椒園での酒池肉林、そして今日はパソコンいぢりで一日が終わりますた。模型はほとんど進まず。_| ̄|○
 

Paso__3 カミさんの新パソコンは順調に動いているようなので、いよいよワタシのパソコンをいぢり始めたというわけです。引っ越しが面倒なのでワタシのパソコンはそのまま使うことにして、まず先週買ったHDDだけ入れ替えました。付録に付いてたまるごとコピーしてくれるユーティリティのおかげで、この作業に2時間もかかりませんでした。次に、もう使わないフロッピーディスクドライブ(以下FDD)を外して、跡地に今日買ってきた4ポートUSBフロントパネルを取り付け。でも正面パネルに大穴が開いたので(笑)、FDD用だった正面パネルを加工してなんとかしてやらないとです。ついでに元カミさんパソコンからメモリを引っこ抜いてまるごと交換しちゃいました。これでワタシのマシンのメモリも2GB実装です。さらにUSBフロントパネルと一緒に勢いで買ったUSB接続のワンセグチューナーも取り付けてみましたが・・・映りません。。・゚・(ノД`)・゚・。

 ウチ辺り向けの地デジ送信所はウチから見て南東方面にあるのですが、我が家の構造だとその方面には居間と寝室があります。パソコン部屋の窓は北と西に向いているので、ただでさえ受信状態が悪い鉄筋コンクリート造りのマンションなのに、延長アンテナを送信所のほうに向けることすらできませぬ。そのうえTVアンテナのコンセントは居間と寝室にしかないのでした。ウチのマンションはすでに地デジ対応してるので、そこから線を引っぱってくればキレイに映るんでせうけどねぇ。orz

 クヤシイから意地でもなんとか映るようにしてやる・・・。ヽ(`Д´)ノウワァァン!!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.09.03

読書録:「瑠璃の翼」山之口 洋

瑠璃の翼
山之口 洋
文春文庫
2006年12月10日第1刷

2008年8月31日読了

 『暑い季節に戦記文学』キャンペーン第二弾。今年の第一弾は昭和20年8月15日を過ぎてもまだ戦闘が継続していた千島列島を覗いてみたが、今度は太平洋戦争がまだ始まっていないノモンハンの大地に降り立ってみる。昭和14年の春から夏にかけて起きた「ノモンハン事件」。今の中国東北部、モンゴルとの国境地帯で69年前に起こったこの“事件”という名の戦争について、ワタシは正直なところよく知らなかった。何の利用価値もなさそうなただの草地なのに、なんで数多の兵士の命を懸けて取り合ってるんだよ、と思わないでもないが、戦争というものは端から見れば時に不毛にも見えるものである。

 陸上での戦闘は負け戦と評され、日本陸軍の『黒歴史』となった感があるこの戦いであるが、しかしこと航空戦に限っていえば日本側は当初は圧倒的に優勢であり、最終的にみても互角の戦いを展開した。なにしろ太平洋戦争までを通じての旧日本陸海軍のトップエースは、このノモンハン事件でソ連空軍機を計58機撃墜した篠原弘道准尉(残念ながらそのノモンハンで戦死)なのである。本書はその篠原准尉も所属した陸軍飛行第十一戦隊、通称「稲妻戦隊」の指揮官であった野口雄二郎を中心とした飛行士たちの、苦闘の日々を描いた物語である。ちなみに著者は野口雄二郎の孫である。

 パイロットになるのが平均より10年も遅く、飛行第十一戦隊に中隊長として赴任したときにはすでに45歳になっていた雄二郎であったが、そのタフネス振りには驚きを禁じ得ない。「指揮官先頭」の原則の通りに部下を率い、九七式戦闘機を駆って戦場へと舞い上がるその姿は、若い操縦士たちにはさぞや心強く映ったことであらう。しかしその雄二郎も事件の後は、戦場を知らないくせに自己の栄達と保身ばかりを優先する関東軍や陸軍上層部の画策により、その後始末の中で詰め腹を切らされる形で予備役編入されてしまう。努めて政治的なものとの関わり合いを避け、関東軍中枢部から下される命令に疑問を抱きつつも「我々の仕事は目の前の敵機を墜とすこと」と部下を率いて命がけで戦った結果がこれでは、さぞややりきれない思いであったことだらう。であるから、その後請われて満州国空軍の創建に携わり、昭和17年に17機の満州国空軍機を率いての訪日飛行で、東京に降り立った時の感慨はいかばかりであったか。

 その立場故に戦後ソ連に囚われの身となり、昭和30年にシベリアで客死してしまうのであるが、雄二郎の人生はひらすら「飛行機が好きだ」という思いのままに生きてきたといっていいだらう。本書は文字通り飛行機に人生を懸けた男の一代記なのである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.09.01

パソコン買いますた

 カミさんのですが(爆)。ブツは基本的にマウスコンピュータのこれなんですが、店頭限定モデルとしてメモリが4GBに、グラボがGeForce9800GTXになって15k円高、というヤツでゴザイマス。これに20inワイド液晶ディスプレイを付けますた。なにしろカミさんは日々MMORPGをこなすゲーマーですから、これくらいのスペックは必要なのだそうです。てか、いま使ってるマシンのグラボがお疲れ気味なので替えたいと思っても、マザボが古くていま主流のPCI-Exのグラボが使えないのですよ。だから本体ごと買い換えてしまったというわけで。これを買いに今日はクルマでアキバに行ったのですが、さすがに本体は重くて店から駐車場まで持っていくのも難儀するので配送してもらうことに。これは明日届く予定です。しかしアキバに行って模型成分抜きだったのは何十年降りでせう。(゚∀゚)

 これにより、今までカミさんが使っていたマシンがワタシに降りてきます(笑)。よって明日はまずカミさんのパソコンの引っ越しをやって、次にワタシのパソコンの引っ越しをやらねばなりませぬ。模型弄りはちょっとの間できそうにありませぬ。

 さて一方、ワタシがいま使っているパソコン、ここ最近ハードディスク(以下HDD)から低い唸り音が聞こえるようになってきておりまして。nif者のなぢりんがmixiのほうで「HDDが吹っ飛んで大変」な話をしていたので、カミさんがパソコンを買うついでに自分用のHDDも買ってきますた。パソコン自体が変わるから必要ないだろ、と思われるかもしれませんが、実はワタシのパソコンのHDDはもともとカミさんのパソコンに付いていたものなんですよ。カミさんのがRAID構成になっていたのを、そんなのいらないというのでHDDをひとつ譲り受けたというわけで(笑)。だからこの際HDDを新品にしたほうが無難だろな、と思いましてん。さらにバックアップ用に外付けHDDも買ってきたので対策はバッチリでゴザイマス。(^^)v

 パソコン2台のお引っ越し、上手く早く終わるといいんですけどねぇ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

地味作業続く(-_-;)(レベル+ミニクラフト1/144 E-3Aその3)

E3a_03a_ サヨク左翼の工作終了。次はウヨ右翼にかかりまつ。今度は100均のではなく、我らが☆★のクラフトヤスリPRO(平・16mm幅)を使ってみましたが、正直言って使い勝手はあまり変わりませんなぁ。(^。^;)

E3a_03f_ ゴリゴリとヤスって後縁を薄くした右翼と、主脚扉周りの整形が終わった胴体にベースホワイト吹き。フツーなら次はもう上塗りに掛かるところなんですがねぇ。この先またペーパー掛けをして、せっかく吹いたこのベースホワイトをいったん落とすのでした。あー('A`)マンドクセ ただ、ワタシとあまり相性の良くないクレオスのベースホワイトは、こういう作業なら心おきなく使えるので助かります。(^。^;)ヨホホホ

Engine2Engine3 ベースホワイトが乾くまでの間にエンジン周りの工作など。左はB.727-320B、右はE-3Aの実機でありまする。ご覧の通りエンジンナセルの形状が異なってまして、E-3のほうが全体的に太くてぽっちゃりしているのですな。エンジン前面のファンブレードもB.707のソレよりも前進した位置にあります。また一番手前、左翼外側エンジンのパイロン形状も違っているのがお判りいただけるでせうか。

E3a_03b_E3a_03c__2 まずはパイロンから。左が使用前、右が使用後です。もちろん後できちんと整形しますよ。このキット、幸いなことにパイロンとエンジンポッドが別々になっているので、こういう改造はやり易いのです。

E3a_03d_E3a_03e_ 続いてエンジンナセル。ファンブレードのパーツはキット指定のものを使わず、中央のコーンが短い余りパーツになるほうを使います(なんでこのパーツ8基分もあるんだ?)。これをちょいと整形して、キット指定の位置より1mmちょっと前進した位置に取り付けます。左右を貼り合わせたら、このあとでパテ盛りして太らせるのです。

 そんなわけで今週はここまで。来週は、カミさんが買った新しいパソコンのセットアップとか、それに伴って自分のパソコンの変更作業とか(カミさんのパソコンが降りてくるのです(笑))なんとかで時間を取られそうで、あまり模型は進まない鴨。(´・ω・`)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年8月 | トップページ | 2008年10月 »