読書録:「瑠璃の翼」山之口 洋
瑠璃の翼
山之口 洋
文春文庫
2006年12月10日第1刷
2008年8月31日読了
『暑い季節に戦記文学』キャンペーン第二弾。今年の第一弾は昭和20年8月15日を過ぎてもまだ戦闘が継続していた千島列島を覗いてみたが、今度は太平洋戦争がまだ始まっていないノモンハンの大地に降り立ってみる。昭和14年の春から夏にかけて起きた「ノモンハン事件」。今の中国東北部、モンゴルとの国境地帯で69年前に起こったこの“事件”という名の戦争について、ワタシは正直なところよく知らなかった。何の利用価値もなさそうなただの草地なのに、なんで数多の兵士の命を懸けて取り合ってるんだよ、と思わないでもないが、戦争というものは端から見れば時に不毛にも見えるものである。
陸上での戦闘は負け戦と評され、日本陸軍の『黒歴史』となった感があるこの戦いであるが、しかしこと航空戦に限っていえば日本側は当初は圧倒的に優勢であり、最終的にみても互角の戦いを展開した。なにしろ太平洋戦争までを通じての旧日本陸海軍のトップエースは、このノモンハン事件でソ連空軍機を計58機撃墜した篠原弘道准尉(残念ながらそのノモンハンで戦死)なのである。本書はその篠原准尉も所属した陸軍飛行第十一戦隊、通称「稲妻戦隊」の指揮官であった野口雄二郎を中心とした飛行士たちの、苦闘の日々を描いた物語である。ちなみに著者は野口雄二郎の孫である。
パイロットになるのが平均より10年も遅く、飛行第十一戦隊に中隊長として赴任したときにはすでに45歳になっていた雄二郎であったが、そのタフネス振りには驚きを禁じ得ない。「指揮官先頭」の原則の通りに部下を率い、九七式戦闘機を駆って戦場へと舞い上がるその姿は、若い操縦士たちにはさぞや心強く映ったことであらう。しかしその雄二郎も事件の後は、戦場を知らないくせに自己の栄達と保身ばかりを優先する関東軍や陸軍上層部の画策により、その後始末の中で詰め腹を切らされる形で予備役編入されてしまう。努めて政治的なものとの関わり合いを避け、関東軍中枢部から下される命令に疑問を抱きつつも「我々の仕事は目の前の敵機を墜とすこと」と部下を率いて命がけで戦った結果がこれでは、さぞややりきれない思いであったことだらう。であるから、その後請われて満州国空軍の創建に携わり、昭和17年に17機の満州国空軍機を率いての訪日飛行で、東京に降り立った時の感慨はいかばかりであったか。
その立場故に戦後ソ連に囚われの身となり、昭和30年にシベリアで客死してしまうのであるが、雄二郎の人生はひらすら「飛行機が好きだ」という思いのままに生きてきたといっていいだらう。本書は文字通り飛行機に人生を懸けた男の一代記なのである。
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