読書録:「幕府軍艦「回天」始末」吉村 昭
幕府軍艦「回天」始末
吉村 昭
文春文庫
\350
1993年12月10日第1刷
2012年1月4日読了
戊辰戦争も終盤に差し掛かった明治2年3月25日、榎本武揚率いる旧幕府軍の軍艦「回天」が宮古湾に突入し、湾内に停泊していた新政府軍の艦隊を襲った『宮古湾海戦』。この海戦の模様を中心に、榎本武揚率いる旧幕府軍艦隊の江戸からの脱出から箱館(現在の函館)政権の終焉までを、史実を元に描いた作品である。頼みとしていた新鋭艦「開陽」を悪天候により失い、戦力が大幅に低下した榎本艦隊に対し、アメリカから鋼鉄製の新型艦「甲鉄」を受領した新政府軍艦隊は戦力が大幅うp。箱館に立てこもる旧幕府軍討伐のため北上してくる新政府軍艦隊に対し、追い詰められた榎本たちが企てた起死回生の作戦が、『宮古湾に於いて停泊中の新政府軍艦隊を襲い「甲鉄」を乗っ取る』というものであった。しかし「回天」以下3隻によって行われるはずだった奇襲も、途中の悪天候などで「回天」単独での突入となり、結局失敗してしまう。以後、旧幕府軍は坂を転げ落ちるように新政府軍に押しまくられ、5月18日に箱館戦争は集結するのである。
やはり時が榎本に味方しなかったというべきなのであらうか。「開陽」を失ったこといい、宮古湾突入時に「回天」単独になってしまったことといい(「回天」は外輪船なので他の船に横付けできないため、当初は同行していた「高雄」が「甲鉄」に横付けして兵を突入させる手はずだった)、榎本艦隊にはことごとく不運がつきまとった感がある。悠久の歴史の流れの中では、いかに優秀な人でも抗うことはできないということなのだらうか。人の営みの如何にちっぽけなことか。
なお、本書にはもう一編「牛」という小品が収められている。日本近海に異国船が多数出没し始めた江戸時代末期、薩摩藩の宝島(トカラ列島)で起こった日本人と異国人(イギリス人)による小競り合いを描いた作品である。当時の島の人たちとイギリス人船員との、ボディランゲージによるコミュニケーションが興味深い。ただし結末はといえば、とにかく牛肉が食いたかったイギリス人により島の牛2頭がイギリス船に拉致されたほか、1頭が殺害されて肉を持ち去られ、またこの時イギリス人が銃を使ったことから島民によりイギリス人船員1人が射殺されてしまった。そしてこの事件がのちに水戸藩で尊皇攘夷論が起こる要因のひとつとなり、倒幕へと繋がっていったのだという。小さな島の事件とはいえ、日本史的にはけっこう重要な出来事だったようだ。
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